『アルモニア』拾い読み             湯下 節男

                      第三巻 【第25号~第36号】

◇「弾絃風景」より

  ・大河原氏のギターレコード

   ・・・・・曲はカル・ヘンツェの『夜曲』とシュナイダーの『ポルカ』の両面一枚。   ・・・『夜曲』は作品九十二番のよい一面を持った小曲でマンドリンの小さな合奏をギターに移した感じである。シュナイダーはヘンツェと違ってギター畑の人、通俗作家としてのよさを持っている作家で『ポルカ』はギター的に面白さがある。・・・演奏は実に面白い。曲の内容が安易である為かも知れないが楽々と聞ける。勿論曲の深さや感覚はこの曲に要求すべきものではないが、大河原氏の此曲の演奏は余裕がある。一つ一つが熱を持って奏している。音の表裏がよく出されていた。然も鉄絃で奏されてあれだけの音色が出ていた事は驚いた次第。勿論鉄絃としての最も大きな欠陥が出ていた事は否めない。鉄絃としては避け難い所であろう。尚大河原氏はどんな小さなものでも一見単純なものでもよく研究し、操(探?)索して其中に含められた美くしさの把握に余念がない演奏家と云う事ができる。・・・・・・・使用楽器は宮本金八氏製作品である。とまれ本邦人の吹込んだギター曲として大方の御試聴を希望する。                                                                              【1931.S6.第25号】

 ※大河原義衛のレコード寸評である。評者は不明だが、澤口忠左衛門率いる『アルモア』         誌は、大河原に代表されるような当時の日本ギター界の鉄絃使用には批判的で、澤口はガ        ット弦使用を積極的に推奨していくのである。

◇「雑録」より

  (ギター用ガット弦、絹巻絃の予約広告)値段は次のとおり。

      第1弦60銭、第2弦75銭、第3弦90銭・・・・・ガット弦

      第4弦40銭、第5弦50銭、第6弦60銭・・・・・ガット絹巻弦

      /1セット375銭(3円75銭)ほかに送料がかかる。                                                                                                       【第25号】

 ※ちなみに鉄弦(スチール)の価格は、

        第1弦10銭、第2弦10銭、第3弦13銭

      第4弦15銭、第5弦18銭、第6弦20銭 /1セット86銭  (ドイツ製)

  ガットはスチールの4倍以上の値段。ガットの第3弦一本でスチール弦1セットが買え          る。

   ※当時(昭和6年)の物価は、白米10キロが2円30銭(230銭)だったという。現在、          白米10キロ4,000円前後だから、1セットあたりガット弦は6,500円、ス           チール弦は1,500円程度という計算だ。

 

◇「楽季(シーズン)の斯界」(大河原義衛)より

 ・・・・・・この記念祭に就いて一言お許しを乞わねばならないのは兼(ね)てからお約束の

あった、私の独奏会をお断りしなければならなくなった事だ。澤口氏とは去年からの約束でもあり、私も準備をしていたのだが悲しいかなサラリーマンは時間の自由を持っていない。殊にシーズン中は仕事の性質上急がしいので、どうにもやり繰りのつけ様がないので終りにこんな事になって読者諸氏にも申訳けない次第、殊にアルモニアに対してこの祝うべき機会を逸する事は不義理のものだと思っている。・・・・・・過去五年間に於けるアルモニアの運動はすばらしかった、パンフレットの内容に於て、演奏上に於て、殊に楽譜の出版に於てゞある。あらゆる文明の中心である東京に於て之等の出版物を量に於てさえアルモニア版程、出し得る店は一軒もないのである。之に加うるにアルモニア楽譜の海外進出とその成功である。・・・・                  【1931.S6.第26・27号、五周年記念号】

 ※第26号と27号を合併し、アルモニア創刊五周年記念号と銘打って出された。五周年記       念事業として他に、記念演奏会、記念楽譜出版、記念論文募集、記念茶話会が企画され、       さらに24ージほどの記念別冊を出した。記念演奏会では大河原義衛も演奏予定だった

      が、ポリドールレコードに勤める”サラリーマン”であるため仕事の都合で欠場することに       なった。結局ゲストとして中野郎がマンドリン独奏を行なった。

【写真】中野二郎 (五周年記念号口絵) /1931撮影

 ※<口絵解説文>『氏は早くよりマンドリン、ギター音楽の研究に携わり、現在名古屋市に       あて鋭意斯界の発展に努力している独奏家。作曲家としての氏は其技巧的把握と共によい     来が約されている。氏の作品はアルモニア版として出版され、又今般アルモニアの五周年     記念演奏会に親しく出演される筈である。本年初頭の撮影である。』

◇「弾弦風景」より

 ・ギター絃について     ・・・・・・セゴヴィア来朝以来ギター用弦について吾斯界に慎重な研究がもたらされた事は喜ばしい事である。然しギター用弦としてのガットの問題は実はセゴヴィア来朝以前から考えられていたものであった。・・・・・・ガット弦の使用はギター音楽として今日の常識でなければならない。外国の名演奏家は最早使用弦 の問題を持っていない。・・・一様に銅鉄弦は使用されない。然るに吾斯界は一様に銅鉄 弦を使用している。・・・・・・尚ガットが本邦で使用せられなかった最大要点たる耐久力に関して一言、本誌で報道せる如く先般より日本向のガットを試験的に取寄せている。・・・・・・吾々が撰択せるガットを一応御使用されん事を希望し度い。・・・・・・・・   【第26/27号】

 ※ガット弦はスチール弦に比べ、切れやすい、湿気に弱いなどの短所を持ち更に価格も高           い。また、楽器もスチール弦を張るような仕様であったため日本では普及していなかっ           た。そうした状況下で当時日本の二大専門誌、澤口らの『アルモニア』や武井守成主宰          『マンドリン・ギター研究』の見解は、ギター弦はガット使用であるべきという点で一致

      しており、両誌の先見性が窺える。

◇「五周年記念論文集募集」

   (募集規定要約) ・内容・・・イ.本邦マンドリン音楽の進むべき道

                 ロ.本邦ギター音楽の進むべき道

           ・条件・・・二百字原稿用紙30枚以内

           ・選者・・・澤口忠左衛門、高橋功

           ・賞  ・・・金10円                                                                            【第26/27号】

◇「マウロ・ジュリアーニ(完)」  (ロモロ・フェルラーリ/高橋功訳)

 ・・・・・・『ジュリアーニの娘エミリア・ジュレーマEmilia Giulemaも卓越したギタリストで1841-44年頃に活躍していた。彼女は西欧諸国に演奏旅行を行った。ジュリアーニの家庭的関係は1719年(注1)以降殆ど知られていない。飛んで1841年にエミリア・ジュリアーニがウィーンに於て演奏会をして、彼女の発見した二重ハーモニック音の効果で聴集の耳目を 聳てたことが知られる事丈である・・・・・・エミリアの弟はウィーンでは左程問題にされなかったが、ペテルスブルグの新聞記者は彼を優れた父に劣らないギタリスト及び歌手として称讃している。仝時報(注2)第十年度十六頁に次の様な文字が見出される。即ち、有名なジュリアーニの息子(注3)はフローレンスで作曲家及び歌手として名を成していると。

・・・・・』                   【1931.S6.第28号】    

マウロ・ジュリアーニ肖像画

 ※訳者の弁によると、原文がイタリア語であったものを『ギターの友』誌にドイツ語訳で掲        載されたが、更にそれを邦訳したという。本論文はアルモニアには計五回に亘って連載さ        れ、今号で完結となっている。論文末の「マウロ・ジュリアーニの作品表」は原文タイトル      こそ無いものの、出版所を明記し入の便を図っている。当時のギタリストにとって貴重な      ものであったろう。

      (注1)1819年の誤植か     (注2)ウィーン音楽時報  

      (注3)『大序曲』で知られる、ミケーレ・ジュリアーニ。

 ※「雑録」に”挿画に就いて・・・マウロ・ジュリアーニの肖像は古版作品一番の表紙のも

       のが一番有名である。それを原版として多数作られているらしい。之はブルーノ・ヘン

       ツェ氏の著書から取っ。” とある。

 

◇「弾絃風景」より

 ・出版せられたマンドリン・ギター曲集・・・・・・今回春秋社の世界音楽全集第26巻として「マンドリン・ギター曲集」が出版せられた。内容はマンドリン部三十九曲、ギター 部四十曲の多数を数える。・・・ギター部はジュリアーニ、ソルからタルレガ、プジョール、ファリャ等の曲の外大河原氏の五曲を含んでいる。解説は主としてマンドリン部を高橋 功氏、ギター部を大河原義衛氏の筆による事も特記し度い。・・・・・一部一円八十銭送料 十八銭。                              【第28号】  

  ※文の最後に”原譜一二曲(一曲か二曲の意)の値段で全部手に入る・・・”と、この曲集           が非常に「お得」であることを付け加えている。「お得」な理由は、ファリャの『オマ           ージュ(ドビュッシー賛歌)』やプジョールの『ロマンス』などが収載されているから          だろう。本曲集は大河原義衛編となっておりギター曲の解説を担当している。また、この        種の<寄せ集め>曲集にありがちな原版の複製をしておらず、すべて楽譜浄書しているの        は豪勢だ。現在では、楽譜の浄書はパソコンで出来るが、当時は大変手間ひまのかかるも        のだった

◇「五週年記念論文集募集について」

  兼ねて五週年記念号にて発表の論文募集は大いに期待せしに不拘(かかわらず)、期日までに一稿到着したのでした。選者に於いて打合せの結果、当選者原稿無しと決しまして中止とすべきですが、折角の機会を無為に終らせず又全然応募が無かった訳ではないので、同稿を掲出して此催を終る次第です。就いて筆者の労に報ゆる微意として来年度アルモニア誌を贈呈することといたしました。尚本稿は内容の著しい変化を見ない程度で多少削減及変更した個所のあることを謝す次第です。終りに応募者及各位の御声援を謝す次第です。                                    【1931.S6.第29号】

 ※掲載された応募稿は、喜多村卓二氏の『本邦ギター音楽の進むべき道』一編であった。ス      チール弦をやめてガット弦使用を主張するなど熱を込めた論文で、”入選”はしなかったが       他に応募が無かったため掲載の幸を得た。それにしてもテーマが大きすぎたように思える       が・・・。

◇「雑録」より

   【東北の斯界】 秋田の加賀谷憲一氏は十月三日秋田商工会議所でギター独奏会を開い           た。 

   曲目は次の如し。メヌエット25番(ソル)、主題と変奏9番(ソル)、西班牙の小夜           楽(マラッツ)、マヅルカ(タルレガ)、アルハムブラの思い出(タルレガ)、メヌエ           ット(デ・ラ・マサ)、トナデリア(セゴヴィア)、カタロニアの旋律(リョベート)

        真紅の塔(アルベニス)、グァヒーラ(プジョール)。                                              【第29号】

【写真】加賀谷憲一 (1933(昭和8)年9月)

 ※アルモニア誌上に初登場する加賀谷憲一氏の記事である。演奏曲目に注目して欲しい。昭        和6年という時代に、日本でこれだけの曲を俎上に乗せられるギタリストは稀有であっ

     ろう。”主題と変奏9番”はご存知『魔笛の主題による変奏曲』。”カタロニアの旋律”は何が      演奏されたのであろうか。また、”真紅の塔”は現在では『朱色の塔』と訳されるのが一般的      だ。 『現代ギター』誌1969年第27号に掲載された小西誠一氏の「にっぽんぎたあ史      (十二)」 には加賀谷氏のついて次の様に紹介している。”・・・・この人の演奏活動は秋田      地方に限られている。しかし昭和二年以来相当頻繁に独奏会を開いている。けれどもこの人      の大きな特色は新時代の作品を盛んに演奏しているのみならず、一般ギタリストにおけるレ      パートリーの保守性を雑誌上で大いに攻撃し、新しいレパートリーの必然性を勇敢に、とい      うよりむしろ傍若無人に主張していることである。・・・・”

                           (彼の主張ぶりは、第33号の項で取り上げる。)

◇「雑録」より

   【紹介】ライフリンゲンの「ディ・ギタルレ」本年第二号に大河原(義衛)氏作「前奏      曲・・・街の灯」及高橋功氏作「練習曲二つ・・・アレグレット及ジアロップ(ギャロッ

   プ)」のギター曲が添付されたのは喜びである。本邦人で海外で出版を見たギター曲は此れ      が初めてであらう。                                                             【第29号】

 ※ 「ディ・ギタルレ」は当時ドイツで出版されていた二大ギター専門誌の一つで1919年     ( 大正8年)創刊。              <本稿第二巻20号「独逸ギター界概観」の項参照。>

◇「雑録」より

   【取次部】・永く品切であった和蘭(オランダ)のオーケストラ作品が多数近着します。ギター曲は「アルハムブラの思出」タルレガ1.20、「西班牙舞曲」グラナドス・・・リョベート1.20、「プレルードオリヂナール」リョベート0.50、「セゴヴィアナ組曲」ロレティ作品二六一1,20、「ソナティナ」トルロバ2.50。ソルは大部分品切ですが近日参ります。其他西班牙、アルヂェンチンより多数近着します。

   ・取次定期刊行物 『ギターの友』年六回 三円、

                                    『ディ・ギタルレ』年六回 三 円、

                                    『イル・プレトロ』月刊 三円、

                                    『マンドリンネギーズ』和蘭 月刊 三円五十銭。                                                                                     【第29号】

 ※アルモニアでは楽譜出版のほか、取次部を設けて国内外からの弦や楽譜の取次ぎも行な  た。毎号「雑録」に掲載され愛好者の要求に応えた。

 ※1930年(昭和5年)に始まる日本の大恐慌は当然、諸物価の混乱を招いた。したがっ        て当の物価を現在に比定することは困難だが、目安として1円=100銭≒(現在の)        1,700円とすると、「アルハムブラの思出」は今のお金にして一部約2,000円、       『ギターの友』一冊約1,000円くらいになる。ただ、当時の流行語「大学は出たけれ           ど」(就職先が無い)にあるよに、不景気のどん底での話であるから少なくても安価で         はない。

◇ 「リョベットレコード頒布」

   (要約)リョベットのレコードがフランスで発売されたのを機に日本でもプレスされることが待たれていた。しかし日本では採算が取れないので実現しないようだ。そこでレコードの母型を輸入し頒布会形式で頒布しようと計画し、やっと母型が到着した。よって『ミゲル・リョベット・ソサイェティ』を設立し希望者に頒布する。レコード二枚一組、四面=4曲、曲目は次のとおり

        EL tesutament d’Amelia/EL Mestre

        La filla del morxant/ Plany

     ・頒布会費・・・五円

     ・発起人・・・藤田不二、竹野俊男、池田不二男

     ・顧問・・・男爵 武井守成、澤口忠左衛門、菅沼定省。                                                                                        【1931.S6.第30号】

 

【写真】 ミゲル・リョベット

   ※スペインの巨匠リョベット(リョベート)の自作自演によるレコード(SPレコードと称さ        れた)の案内である。彼は当時セゴヴィアと並び、名ギタリストとして日本でもギター愛        好者の間で既によく知られていた。現在、古いレコードを蔵し試聴できる図書館があるよ        うだが、それ以外に針を落として聴く機会はほとんど無い。編集子(湯下)が、かつてラ        ジオで放送したの聞いたことがあるが、セゴヴィアを更に繊細にした美しい演奏だった        と記憶している。デタル化されたものは比較的容易に入手できる。便利な世になった。        しかし、デジタル化されたものは妙に金属的でSPレコードの音色には及ばない

◇「雑録」より

   【誌友諸氏へ】・・・・・・本邦の作曲界が異常に進歩しているのに適当な出版機関の   ないのを残念に思うのですが、声のみ大きくて本邦人の作品が広く行亘らない事は実質的意義がないように思われるので、発行者誌友諸氏と力を協せて開拓して行き度いと存じますから、本年以上のご後援下されば幸甚です。来年度出版曲の為、作曲を発表される方々を紹介いたして置きます。・・・・・・服部 正氏(東京)合奏曲/ブルノー・ヘンツェ氏(独逸)合奏曲、ギター曲/高橋 功氏(仙台)合奏曲、ギター曲/中野二郎氏(名古屋)ギター曲、マンドリン曲/大河原義衛氏(東京)ギター曲/澤口忠左衛門氏(仙台)マンドリン曲、ギター曲、室内楽/パウル・シュッペ氏(独逸)合奏曲/鈴木静一氏(東京)合奏曲、マンドリン曲、ギター曲 ・・・・・順序イロハ順                                           【第30号】 

※アルモニアの楽譜出版を支える執筆陣の紹介である。服部正氏は慶應マンドリンクラブ出

 で当時の新進作曲家。よく知られた作品に、現在も使われているNHK『ラジオ体操第一』      のテーマなどがある。余談になるが編集子は長い間、彼を戦後ポップス界に君臨した”服部良    一”氏の父だと思い込んでいたが、それはトンデモナイ間違いで調べてみると正氏のほうが1    歳年下であった。<父は息子より年下>というお粗末なハナシ。

【写真】 服部    正

◇「東都に於けるギター音楽界」

   東都に於けるギター音楽は、マンドリン合奏と共に育って来たものであり、今日の多くのギター奏者も何等かのマンドリン合奏団に属している人である。其の関係からギター独奏は驚く程稀にしか行われていない。・・・・・・東都に於けるプレクトラム音楽は今や合奏全盛であり、ギター演奏は其のプログラムの一として演奏壇上に乗る事も無いでは無いが、其れも数年前池上富久一郎氏等が豊富なる『レパートリー』を持って横浜等に活躍をなしたのに比すれば何となく物足りない。・・・・・・其の熱心なる研究と非凡の才能を持って東都のギター音楽界に活躍をなしている人がある。即ちクラバ・タルレガの会長たる小倉俊氏が其である。・・・・・・数シーズン前の氏は未だギター独奏者として左程目立った存在では無かった。然し昨一九三一年秋の氏の演奏会は氏をして斯界の有数のギター奏者たらしめた感がある。即ち、此の演奏会は最も忠実にして将来あるギタリストの演奏会であった。 (後略)                                【1932.S7.第31号】

 ※N M 氏による匿名記事。昭和初期に東京(東都)で活躍したギター奏者の一人、小倉        俊氏の当時の活動状況の一端を伝えていて興味深い。いわく、『アルハンブラの思い出』で      は伴奏音に無理なところがある、『アメリアの誓い』では明瞭を欠くところがある、演奏会      ごとに余りに素人的な二重奏を入れる、等々手厳しい指摘だが、小倉氏の研究態度には全面      的な支持・共感を示している。投稿者が匿名のため情報の真偽もあるが、特に個人攻撃とは      受け取れない文なので紹介しておく。また、小倉氏は「タルレガ・クラブ」という門下グル      ープを主宰していた。

◇「ギター弾絃法について」 (小倉 俊)

   ・・・・・私はギター音楽を三つの演奏型に入れています。第一は、スペインの昔ながらの民間に行われている奏法、第二はタルレガ派の奏法、第三はセゴヴィア・・・・・・第一の場合、爪のない奏法が音に感じが入り易い。・・・・・・幸いにモントヤはこの型の人であったので色々質問したり教えて頂いたのですが、親指の使い方など殊に味がなくなります。タルレガ派はなめる奏法(編集子注・・・アポヤンドのこと)の様です。第三のセゴヴィア型奏法・・・・・・は音を求めて弾くのですね。之が全てである筈です・・・・・・幸いにして、セゴヴィアとも同室で弾いたり聞いたりしましたが、爪の長さを見るのは落としてしまいました。私共と別に違った音も出さないので気がつかなかった様でした。・・・・・・                                 【1932.S7.第32号】

 ※個人の独断だと断って”弾絃法”のあらましを述べている。興味を引くのは”私共と別に違っ       音も出さない・・・”というくだり、文字通り”セゴヴィアの音は”私共と別に違わなかっ

      た”のだろうか。それともセゴヴィアは例のセゴヴィアトーンを出し惜しみしたのだろう           か。

◇『巻頭言』 アルモニア・ギター譜庫(ビブリオティク)

   アルモニア楽譜は、本邦人作曲ギター、マンドリン曲の出版に任じて参りましたが、今回更にアルモニア・ギタービブリオティクを発刊する事となりました。近来ギター曲の需要はギター奏者の激増と相俟って熾烈を加えて来ましたが、ギター楽譜の輸入困難と、選択難等で適当な供給がなされていない現状であります。斯る状態では吾ギター界の正当な進歩が危ぶまれてなりません。爾来此欠陥に対して、よき出版者の出現を望みましたが、まだ其緒にも付いておらないのです。吾々は之を深く遺憾とし、微力ながら、此任の一部なりとも果し度いと思います。ギター・ビブリオティクは斯うして発刊されるものですが、出版者の微意を徴せられ、斯界全般の御後援と御鞭撻を乞い合せて出版に対する意見も下され度う存じます。(アルモニア出版部)                                     【1932.S7.第33号】  

 ※アルモニアは、邦人作曲のギター及びマンドリン楽譜いわゆるアルモニア版の出版に加え

  て海外ギター楽譜の出版にも手を拡げた。輸入販売ではなく、海外版を日本版としてリニ

      ューアルし普及させようという意気盛んなものである。付記に「古今のギター名曲を順次

      本邦版として権威あるものたらしめ度いと思っている。本譜庫には凡て邦人のフィンガー         リング等が付される・・・」とある。

◇「貴家氏と自分」 (澤口忠左衛門)

  貴家氏の訃報が伝えられた。・・・・・・或機会に文通が始められた。氏は間もなく驚くべき長文の手紙を送ってきた。・・・・・・又機関紙に就いてはアルモニアが発刊以前に既に計画されていた事も知った。・・・・・・氏が二高時代仙台の片平丁辺に住み晩春かっこう鳥の啼声を思出しつつ書かれた手紙もあった。・・・・・・斯うして氏への近付は濃くされ、アルモニア誌に対してはかくれたる力となって呉れた事も嬉しい思出の一つである。・・・幾度かその発刊の用意を伝えて容易に実現しなかったものが、漸く「楽友」第一号として届けられたのであった。その外観、内容の充実、輯録の豊富さは心から吾々を驚倒した。出るべきものが出されたのであった。・・・・・・主幹として貴家氏は正に本邦斯界の大きな感謝の的となった事であろう。・・・・・・                   【第33号】

 ※京都にあってギター、マンドリン研究誌『楽友』の主幹であった貴家健而氏はこの年五月        に逝去した。『楽友』は昭和6年6月創刊され、セゴヴィアの『音階練習書序文』を日本        で初紹介し、またパスカル・ロッチのギター教本の邦訳を掲載するなど、当時のギター界        に新風を吹き込んだ雑誌であったが、主幹の死によってわずか2年で8巻の発行で廃刊と        なった。貴家氏は前述、加賀谷氏等と軌を同じくした”反”武井守成派の論客で、武井守成を      師と仰ぐ澤口忠左衛門との交友関係は複雑である。

◇「六月の感想」 (加賀谷憲一)

 セゴヴィア来朝以来、本邦ギター界は著しく長足の進展を為し遂げつつあることは紛れもない事実であるが、しかし、内面的に是を観察するとき、その研究には旧態依然たるものが随所に見られるのである。若しそれ我邦のギター界の不幸な歴史について考えるならば、かつて自ら先駆者を以って任ずる或る一派の独断的な捏造的研究に誤られて、暗中模索に終始していた斯界が遂にその針路を失って、長い間邪道を迂路ついていた事に不思議はないのである。それは、ギターの技術上の指導について特に顕著な過誤を挙げ得るだろう。然し乍らその事については、私は余り語る事を欲しない。ただ、ギター作曲家と言えばホゼ・フェルレルの一点張りで、恰もフェルレルを以ってギターの大作曲家であるかの如く祭り上げ、彼の甘いセンティメンタリズムに随喜の涙を流し、或は又、―――アルカス、ヴィニヤスは別として―――ダマス、カノー、シマディヴィリャの如き直線的音楽を以って近代スペイン作曲家の群などと教え込まれた吾邦ギター界は又不幸であったと言わなければならない。然るに、現時本邦ギター界を観るに、依然としてアルバ、カノー、ブロカ等がより多く迎えられ更にヘンツェ、プラッテン等の如き扁平な音楽が迎合されている状態である。現時の吾邦ギター運動は、もはやカルカッシイやフェルレルの時代では無い筈である。彼らの直線的音楽の研究は,ある一派のロマンティストに委せて置けばよい。苟(いやしく)も真摯なギター音楽研究家にとっては彼等の音楽に長く止まる必要は決して無い。一瞥を与えるだけで充分

である。何んとなれば、彼等の音楽はギターの歴史に於ける一つの経過にすぎない価値しかないのであるから。寧ろ、ソル、ジュリアーニ等の古典の精神をしっかり把握するとともに、タルレガ、アルカス、ヴィニヤスから、プヂョール、リョベット、フォルテア、プラト、新しいところではサインス・デ・ラ・マサ、ファン・パルラス等の作品を探求され度いものである。彼等の豊富な音楽は実に多くの研究資料を提供するだろう。更に、又リョベット、セゴヴィア、プヂョールの努力から、ディ・ファリャ、トゥリナ、トルロバを初め、ポンセ、アルフォンソ、ブロカ等に依って招致された所のギター音楽のはなばなしいルネッサンスを迎えた今日、何を好んでアルバ、ブロカ、フェルレル、カノー等に帰る必要があるのか、すべて研究は深遠なる理想を必要とすると同時に又狭隘な心を以てしてはならない。私は現在の如く、我邦のギター界を流れている好ましからぬ低回趣味を苦々しく思うものであ

る。一般大衆を目標とする普遍的な研究も在ってもよいが、同時に又ギター芸術の深奥を究むるより高い研究も望ましいものである。(1932.6.27)                                                                                           【第33号】

 ※先に紹介した加賀谷憲一氏のアルモニアへの初投稿である。彼の主張の矛先は武井守成氏        に向けられている。この記事は日本のギター界に少なからず波紋を呼んだ。本文を読んだ武      井氏は『マンドリン・ギター』誌に反論を掲載し論争となった。この論争のあらましは『に     っぽんぎたあ史(十二)/現代ギターNo.27、1969年』で紹介されている。ただ、こ     の小西誠一氏の連載記事にはところどころ時系列の錯誤、字句の校正不備などが見られる

    等、あくまで参考程度にしかならないのは残念だが、エピソードが多く取り込まれていて読     み物としては大変面白い。加賀谷氏に関する同記事一節を引用すると、―――”こうして       加賀谷君のギタリストとしての存在は、僅かに六年ばかりでその活動は花々しかったが昭和     十一年十一月の独奏会を最後としてその消息は楽壇 から消え去った。・・・・・・一人の異     色ある存在としてわが国ギター音楽の歴史の中に一つの足跡を残した点か見て、まことに     興味深いものがある。”

◇「雑録」

  ・保坂益子氏、今春東京市外中野打越の日本音楽学校にギター科新設され、出身者として           保坂氏が講師として就任された。

  ・訃報  京都帝大フィルハーモニックオーケストラの『楽友』主幹 貴家健而氏は去5           月30日永眠された。

  ・大河原義衛氏は長らく入院中の所7月12日退院され下記に移転された。「東京市外上           目黒五本木2636」                      【第33号】

 ※アルモニアには巻末の「雑録」コーナーで、こういった関係者の消息をはじめ、海外から         の通信・ニュース、そしていろいろな連絡・通知・広告などを掲載した。ここには、わが

      国のギター史を語る上で貴重な情報が埋もれている。本欄「アルモニア拾い読み」はほと

      んどこの「雑録」の”拾い読み”である。したがって、拾い残し、記事の選択など問題は

      多々あると思うが容赦いただきたい。

◇「フレッティングの改良(上)」(ギター製作の新メソードより) (佐藤 篤)

 ギターは非常に優秀な楽器の一つであると私は信ずる。・・・・・・・然しながら現在吾々祖先から受ついで来たギターは二つの大きな欠点を持っている。第一に音量の少ないこと。第二に音階の不正確なことである。音量と音階の此二つの問題に関し私は研究し、ある程度まで改良する事に成功した。そして之を此雑誌を通じて、世界のギター製作者並にギター愛好家諸君に報告する機会を得た事を心より嬉しく思う。(小序)・・・・・・・・(本文略)                                                            【1932.S7.第34号】

 

 ※著者の佐藤篤氏は1908(明治40)年生まれ、1944(昭和19)年マリアナ海で        戦死。医博士、海軍大佐。本論文”ピタゴラス平均率フレッチング”をもとにしたギターを

     宮本金八氏が製作し、小倉俊氏が当時演奏会に使用していた。下の写真は小倉氏が仙台で演

     奏した際のもので、右が小倉氏でギターのフレットに注目して欲しい。フレットの並びがギ

     ザギザになっている。左は澤口忠左衛門である。

【写真】宮本金八製作、ピタゴラス・フレッチング平均率ギター。

            左からヴァイオリン型、ラミレス型、ラコート型ギターである。

          《フレットがギザギザになっているのに注目》

 

◇「九月の感想」  (加賀谷憲一)

 読者の中には、昨年発行された『楽友』三号誌上所載の大阪一読者の投書になる「春秋社発行の世界音楽全集のマンドリン・ギター曲集の大河原氏の作曲への感想」なる一文を記憶して居られる方も有ろうことゝ思う。匿名のもとにかくれて、ああ言う露骨な言辞を弄する卑劣なあの文章ほど私を不愉快な思いにされたものは無かった。・・・・・・あらさがし。嫉視。偏見。そう言ったようなものに寧日なき斯界の好ましからぬふん囲気をはっきりと感得されるのである。・・・・・・大河原氏の作品を以って、他作家の作品の焼き直しであるとか、誰々の作風を真似たものであるなどゝ痛罵することに対しては、自分はただ悪罵するものゝ心境を憐れむのみである。・・・・・・殊にギターの歴史の浅い本邦の作曲家にとっては、先人の感化や影響を強く受けることは避け難い所で、ただそれを如何にして自分自身のものと為し、自己の個性の中に咀嚼し、生かして居るかを観るべきである。・・・・・・徒らに、人を陥れんがためにの中傷的言辞を以って、斯界発展を阻止する排他的な人の在ることは、まことに嘆わしいことである。 ・・・・・・                                                   【第34号】

 ※ここで取り上げられた"大阪一読者の投書”には、ほかにも大河原義衛氏が”世界音全集”

  名付け編集した曲集に大河原氏自身の作品を収載するのはおこがましいなどと書かれてい

      るが、加賀谷氏は持ち前の情熱的正義感で批判している。

◇「ビブリオティカ・アルモニア(ギター曲)新刊」   <案内広告>より

『ワルス』・・・ファン・パルラス・デル・モーラル作曲。数少ないパルラスの自作。アグアドを思わせる落ち着きと気品の中に健実な手法を見る。               【第34号】

 ※この案内広告によれば、パルラスは1890年スペインのファイン生まれで22歳のとき

     セゴヴィアと知り合い互いにライバル意識を持った、とある。セゴヴィアは国外に名声を

     得、パルラスは国内に留まり”ギターの魔人”と称されたという。1924年ドイツで演奏し

     大きな賞賛を得たパルラスはバルセロナでコロンビアレコードから数枚ギター曲を吹き込ん

     だと紹介されている。―――残念ながら編集子はパルラスなるギタリストを知らない。どな

     たかご教示いただければありがたいのですが・・・。また、アルモニア資料にもこの曲の楽

     譜が残っていない。

◇「雑録」より

   ・『ギター研究』第三号四号合本が名古屋ギター研究会より発刊された。謄写版印刷で               付録に「ギター用語略解並に省略記号」を載せる。

   ・「婦人ギタリストの集い」女性ギタリストの団体を結成しようと東京の一ノ瀬春子氏                が発起人になり呼びかけ、他に保坂益子、北澤照子、松井民子氏が名を連ねている。                                                                                   【第34号】

(右)一ノ瀬春子(左)保坂益子

 ※ 北澤照子氏は後の小船幸次郎氏の夫人となり保坂氏と同様戦後も活躍した女流ギタリスト

   小船照子氏である。

◇「編輯後記」より

 ”本誌はギター方面とマンドリン方面を兼ねているものであることは云うまでもないが、近時此二つが全然分割して考えられつつある傾向が見られる。専門的見地からは其方が本当であるかもしれないが、本誌は敢て進んで何れかに決定しようとするものではないのです。”                                                                                              【第34号】

 ※アルモニア誌が二つの楽器を不可分のものとしているのは、ギター導入のいきさつからし

     てやむを得ない時代の要請であった。しかし、ここで断りを入れなければならないほどギタ

     ーとマンドリンの普及はそれぞれ加速してきているのである。後にアルモニア誌は ギター

     への比重を増していくことになる。

◇「雑感」  (加賀谷憲一)

 (「六月の感想」について自説は議論の余地がないとした上で)”(ギターがもたらされた)当

時ギター教則本と言えばディレッタンティズムの権化たるカルカッシイを以って最良の教本なりと推して止まなかった指導者の無識が斯界のカルカッシイ偏重となり、その結果技術上奏法に於いて幾多の独断と迷妄を生み遂に吾がギター音楽の第一歩をして邪道に彷徨するが如きに至らしめた根本的なものと言い得よう。”(後略)                                                                      【1932.S7.第35、36号】

 ※(カッコ)内は編集子。”カルカッシイ”は加賀谷氏独自の発音だが、現在でも外来語の表

     記には誰もが難儀を感じる。"ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い。"・・・ともあれ、

     加賀谷氏またまた登場である。過激だが共感するところもある。